依頼者の方ではなく、私が成年後見人になっている方に対して弁護士法人から督促状が送付され、最終的には1円も支払うことなく無事解決した事件がありましたので、備忘録も兼ねてまとめたいと思います。
1 事案の概要
ご本人は、以前アパートに居住しており、賃貸借契約をするに際して家賃保証会社とも契約しました。
これにより、ご本人が家賃を滞納したとしても、保証会社から大家さんに賃料が立て替えて支払われることになるため、大家さんとしては賃料のとりっぱぐれが無いことになります。
もっとも、アパートの借主に未払い賃料の支払義務が無くなるわけではありませんので、保証会社には立て替えてもらった家賃分を支払う義務があります。これを保証会社から見た場合、法律用語で「求償債権」、借主から見た場合は「求償債務」といい、保証会社大家さんに立て替えて支払うことを「代位弁済」、支払った日のことを「代位弁済日」といいます。
その後、当該求償債権は債権回収会社などに点々と債権譲渡が繰り返され、最後の譲受人が債権回収を専門にやっている弁護士法人に依頼して、督促状をご本人宛に発送いたしました。
ただ、上記のとおりご本人は医療的な問題で成年後見人の関与が必要と判断され、私が家庭裁判所から選任されておりましたので、当該督促状は当事務所に転送されてきました。
2 法律的な問題点
(1)基本的には支払義務はある
ご本人が家賃を支払っておらず、保証会社が代位弁済をした時点で本人は保証会社に対してその分を支払う義務があります。これは成年後見人が選任されていても結論が変わるものではありません。
(2)交渉で減額または免除してもらう
今回のご本人は生活保護を受給されているような状況であり、とても支払えるような資産状況にはありませんでしたので、その旨を告げて大幅な減額や免除をお願いするということが考えられます。結果的にこの手段は執っておりませんが、債権者の承諾が必要となりますのでハードルはかなり高いと思います。
(3)自己破産等の法的手続きを執る
自己破産の申し立てを行い、免責が許可されればすべての負債の支払義務が無くなりますので、最終手段としては自己破産等の法的手続きを執ることも考えられます。ただ、今回のケースでは、自己破産をするまでの大きな負債ではありませんでしたし、別の方法で解決できたためこちらは選択しませんでしたが、他に負債があるようであれば自己破産という選択肢も十分あったと思います。
(4)時効の援用を考える
消滅時効に関しては、通常の家賃の未払いと、保証会社が代位弁済をした場合とで分けて考える必要があります。
①通常の家賃
通常の家賃の未払いであれば、毎月の家賃の支払期限から5年経過するごとに消滅時効の期間が満了していきます。
本日(令和4年(2022年)7月13日)を基準に考えると、平成28年(2016年)1月末支払分から平成30年(2018年)12月末支払分までのおよそ3年間に渡って家賃を支払っておらず、現時点で消滅時効の援用をする場合は、平成28年(2016年)1月末分から平成29年(2017年)6月末支払分までの賃料については消滅時効を援用することにより支払義務がなくなりますが、平成29年(2017年)7月末支払分から平成30年12月末支払分までの賃料についてはまだ5年が経過しておりませんので、支払義務があることになります。
②保証会社の求償債権
上記のとおり、保証会社が大家さんに代位弁済をしている場合は、大家さんではなく保証会社への支払義務があります。この場合、消滅時効がスタートするのは代位弁済日となります。
例えば、平成28年(2016年)1月から平成29年(2017年)6月末まで入居しており、一切家賃を支払っておらず、平成29年(2017年)7月31日に保証会社が大家さんに代位弁済をしたとします。
保証会社が代位弁済をしていない場合は、すべての家賃について5年が経過しておりますので消滅時効の援用により支払義務は無くなりますが、今回は保証会社が平成29年(2017年)7月31日に代位弁済をしており、本日(令和4年(2022年)7月13日)時点ではまだ5年が経過しておりませんので、消滅時効は完成しておらず、全額の支払義務があることになります。
そして、今回当事務所に督促状が届いた案件においては、代位弁済日から5年以上が経過しておりましたので、消滅時効を援用して無事終了となりました。
3 注意点
消滅時効の援用をするに際して、以前記載した点もありますが、いくつか注意点がございますので記載いたします。
(1)時効更新事由
未払い賃料に関し、大家さんや保証会社から訴訟等を起こされており、判決や訴訟上の和解をしている場合は、その時から10年間は時効にはなりません。
また、大家さんや保証会社との間で、分割支払い等の和解をしていて、支払っている場合は、その最終支払日から5年間は時効にはなりません。この点を悪用し、保証会社の担当者が自宅を訪問し、「とりあえず1000円だけでも支払って」と言われて、仕方なく支払ってしまうと、時効の援用ができなくなる可能性がありますので注意が必要です(支払ったとしても時効の援用ができる場合もありますがハードルが高くなります。)。
(2)法律専門職等からの通知でも問題ない
弁護士や司法書士等の法律専門職等、または専門業者である債権回収会社から督促状が届くと時効は使えないと誤解される場合がありますが、全然そんなことはありません。すでに消滅時効が完成していると知っていながら督促状を送ってくる弁護士法人や債権回収会社はたくさんあります。
というのは、消滅時効で支払義務が無くなるのは、あくまで「消滅時効の援用」をしたときであるため、援用されていない段階では請求することは問題無いからです。
(3)債権譲渡されていても問題ない
今回の当事務所のケースのように、実際に請求してきたのは保証会社ではなく、保証会社から転々と債権譲渡がされ、最終の債権者から依頼を受けた弁護士法人からでしたが、そのような場合でも消滅時効の起算日が変わることはありません。
したがいまして、債権譲渡の日ではなく、通常の家賃であれば毎月の支払日、保証会社の代位弁済日を基準として判断します。
(4)内容証明郵便で届いた
多くのケースが普通郵便やハガキで督促状を送ってきますが、稀に内容証明郵便で届くことがあります。少し物々しい感じがしますが、内容証明郵便であっても結論は何も変わりません。
ただし、特別送達という郵便方法で送られてきている場合は、裁判所からの郵便であり、何らかの手続を執られていることは間違いありませんので、至急対応する必要があります。
いずれにしても、債権者から督促状が届いた時点でお近くの弁護士や司法書士にご相談いただいた方が正確な判断ができるかと思いますので、お気軽にご相談ください。