先日,司法書士の業務に関する最高裁判決がありました。
多くのメディアでは,「司法書士の代理権を狭めるような判決」と報道されています。確かに日本司法書士会連合会(以下,「司法書士側」といいます。)が主張していた範囲からすると狭まっておりますが,すでに最高裁判決の内容で実務は進んでいたと考えられますので,個人的には将来に向かって大きく変わるものではないと思っています。
この点について,一般の方がご覧になっても全然面白くない記事になってしまいますが,まとめておきたいと思います。

何が争われていたのか
法律に関する紛争について依頼者の代理人となって交渉や訴訟の代理を業として行えるのは弁護士さんだけというのが原則です(弁護士法72条)。しかし,平成15年に司法書士法の改正があり,法務大臣の認定を受けることを条件に司法書士でも一定金額までは弁護士さんと同じく代理して交渉をしたり訴訟を行うことができるようになりました(司法書士法3条2項)。この「一定金額」は,現在は140万円となっています(裁判所法33条1項1号)。
司法書士側と日本弁護士連合会側(以下,「弁護士側」といいます。)の間では,以前から任意整理(裁判外での交渉)における「140万円」の考え方について争いがありました。
以下の説は,すべて前に書いた説が弁護士側が主張する説で,後ろが司法書士側が主張する説です。
【総額説と個別説】
・総額説
依頼者1名当たりの債務の合計額が140万円を超えるかどうかで判断する
・個別説
依頼者1名当たりの債務の合計額ではなく,依頼者に対する個々の債権者ごとの金額が140万円を超えるかどうかで判断する
例えば,甲さんがA社から50万円,B社から100万円,C社から100万円の負債があったとすると,合算説だと合計250万円となりますので,司法書士は代理して交渉等を行うことはできないことになり,個別説だと1社当たりの債務額が140万円を超えている会社はないので,全社代理できるということになります。
【債権額説と受益額説】
・債権額説
相手方1社に対する交渉前の債務の金額で判断する
・受益額説
相手方1社の債務額から実際に交渉して和解した金額との差額(金銭的なメリット)の金額で判断する
例えば,甲さんがA社から300万円の負債があり,交渉を行った結果,一括で返済することを条件に200万円に減額してもらうとします。
この場合,あくまでA社に対する交渉前の債務額は140万円を超える300万円ですので,債権額説だと司法書士は代理できなくなります。一方,受益額説だと,交渉によって得られたメリットは300万円から200万円を差し引いた100万円ですので,司法書士が代理することができることになります。
【合算説と個別訴訟物説】
・合算説
債権者の主張する債務額と過払額を足した金額で判断する
・個別訴訟物説
過払金の額だけで判断する
例えば,甲さんはA社に対して,もともと50万円の債務があったものの実際には50万円の債務はなく,逆に100万円の過払い金が生じていたとします。この場合,合算説だと50万円と100万円を合計した150万円で判断することとなり,司法書士は代理することができません。一方,個別訴訟物説だと過払金の100万円だけで判断しますので司法書士が代理することができます。
なお,今回の最高裁判決ではこの説については触れられておりませんが,私自身は過去に個別訴訟物説であることを前提とする業者側の移送申立てを却下する決定をいただいたことがあるものの,合算説で行うべきという裁判例等は今のところ聞いたことはありませんので,実務的には個別訴訟物説で行われているものと思われます。
今回争点になったところ
上記の説のうち,今回の最高裁判決で示されたのは,【総額説と個別説】,【債権額説と受益額説】になります。
したがいまして,今回の最高裁判決に関していうと,あくまで借金の額が140万円以下かどうかであり,過払金が140万円以下かどうかというものではありません(過払金が140万円を超える場合は司法書士が代理できないことについて争いはなく,この点について司法書士側が代理できるなどと主張しているわけではありません。)。
このうち,【総額説と個別説】については,司法書士としてはどうしても譲れない部分となります。通常,債務整理のご依頼をいただく方で総額が140万円以下という方はなかなかいらっしゃいません。日本全国にいる司法書士で,総額140万円以下の方からしかご依頼を受けていないという司法書士はほとんどいないと思いますので,万が一総額説が採用されるとなると債務整理業務を行ったことのある司法書士に対してとても大きな影響を与えますし,将来的に司法書士はほとんどのケースで債務整理業務ができないということになります。
次に,【債権額説と受益額説】について,過去に行った業務については影響が出る可能性がありますが,将来的な業務については狭まるかというとあまり変わらないと思っています。
司法書士法が改正されてから数年程度は受益額説で業務を行う事務所もたくさんあったと思いますが,かなり早い段階で債権額説で業務を行っていた事務所が多数ではないかと思います。少なくとも私の周りには今現在も受益額説で業務を行っている司法書士はいないと思います。これは,貸金業者の多くが受益額説ではなく債権額説を採っていたと思われるからであり,いくら司法書士が受益額説を声高に叫んだところで,交渉相手の貸金業者が応じなければどうにもなりませんからね・・・。
加えて,司法書士にご相談に来られる方の債権者の多くが消費者金融や信販会社ですが,通常は借入限度額が50万円から100万円程度であるため,1社だけで140万円を超える方の債務整理の件数自体がかなり少なく,さらに1社だけで140万円を超えているような場合は,他社の分も債務も含めると任意整理ではなく個人再生や自己破産を選択することがほとんどであるため,絶対数として1社だけで140万円を超える貸金業者の任意整理というのはかなり少ないと思われます。
したがって,現実的にはすでに多くの司法書士が債権額説で対応してきており,加えて1社だけで140万円超の任意整理の件数自体が少ないため,将来的に業務に大きな影響を与えるかというと報道されているよりは小さいものと考えています。なお,当事務所でも1社だけで140万円超の債務がある方からご相談をいただくことがありますが,書類作成だけでよろしければ当事務所で作成させていただくものの,代理人としての交渉をご希望される場合は弁護士さんを紹介させていただいておりますし,個人事業や会社を経営されている方だと1社で140万円を超えることがたくさんありますが,そのような方は仮に破産や再生だったとしても司法書士では手続が難しいため,全件弁護士さんを紹介させていただいております。
最高裁判決
→最高裁サイト
→判決全文(PDF)
上記2つの説に対する最高裁の判断は以下のとおりです。
【総額説と個別説】
複数の債権を対象とする債務整理の場合であっても,通常,債権ごとに争いの内容や解決の方法が異なるし,最終的には個別の債権の給付を求める訴訟手続が想定されるといえることなどに照らせば,裁判外の和解について認定司法書士が代理することができる範囲は,個別の債権ごとの価額を基準として定められるべきものといえる。
【債権額説と受益額説】
認定司法書士が裁判外の和解について代理することができる範囲は,認定司法書士が業務を行う時点において,委任者や,受任者である認定司法書士との関係だけでなく,和解の交渉の相手方など第三者との関係でも,客観的かつ明確な基準によって決められるべきであり,認定司法書士が債務整理を依頼された 場合においても,裁判外の和解が成立した時点で初めて判明するような,債務者が 弁済計画の変更によって受ける経済的利益の額や,債権者が必ずしも容易には認識できない,債務整理の対象となる債権総額等の基準によって決められるべきではな い。 以上によれば,債務整理を依頼された認定司法書士は,当該債務整理の対象とな る個別の債権の価額が法3条1項7号に規定する額(※140万円)を超える場合には,その債権に係る裁判外の和解について代理することができないと解するのが相当である。
つまり,【総額説と個別説】については,司法書士側が主張していた個別説が,【債権額説と受益額説】については弁護士側が主張していた債権額説がそれぞれ認められたということになります。
以上から,絶対に司法書士側が譲れない部分であった個別説が認められており,かつ,現実的には債権額説で行われていたという実情を踏まえると,最高裁判決による大きな影響はないのではないかと思っています。
なぜ司法書士側は受益額説を主張していたのか
代理権の有無を判定するのに計算が必要な受益額説よりも債権額説の方が単純明快です。しかし,司法書士側は受益額説を主張し続けていたわけですが,これはなぜでしょうか。
もちろん,「その方が司法書士の業務範囲が広がって有利だから」という理由があるでしょうが,それに加えて次の2つが考えられます。
1 注釈司法書士法
「注釈司法書士法」というのは,司法書士法に関して条文ごとに解説がなされている書籍です。ちなみに,本書は税込約7000円となかなか強気な価格設定です。
著者は法務省民事局の役人さんであり,改正司法書士法の立案を担当した方で,端的に言えば改正司法書士法を作った方です。法律の解釈についての最終的な判断は裁判所が行い,今回実際に最高裁で判断されたわけですが,判例が無い場合には法律を作った方が解説をした書籍である本書を根拠として条文の解釈をすることが多いと思います。
その注釈司法書士法には,裁判外の交渉に関する140万円の判断について,
「残債務の額ではなく,弁済計画の変更によって債務者が受ける経済的利益による。(中略)債務整理事件の「紛争の目的の価額」の算定についての具体例は次の通りになると考えられる。(中略)350万円の債務につき,140万円を免除し,210万円を即時に一括返済する和解の場合には,140万円が債務者の受ける利益になるので,司法書士は,この裁判外の和解について代理することができる。」
と説明されています(第3版117ページ)。「債務者が受ける経済的利益による」ということは,受益額説ということになりますね。
判例等が無い中で,注釈司法書士法にこのように書かれていれば,そう考えるのはやむを得ないと思います。ちなみに,私は10年以上前に法務大臣の認定に関する研修を受けていますが,当時の担当講師であった弁護士さんからは受益額説で教えていただきました。
2 調停での取り扱い
借金の整理については,司法書士等が代理人として直接貸金業者と交渉等を行う任意整理ではなく,裁判所を使った特定調停という方法があります。
この特定調停では140万円の考え方について,上記注釈司法書士法と同じ考え方が採られています。つまり,上記の例でいうと,350万円の債務につき140万円を免除するという特定調停について裁判所は司法書士が代理人になることを認めています。とすると,上記のようなケースに関する特定調停において司法書士が代理人になることを裁判所が認めているわけですから,裁判外での任意の交渉でも同じ状況であれば代理人になれると考えるのは,決して飛躍しすぎた考え方ではないと思います。
とはいえ,受益額説だと最高裁判決の理由にも書かれていますが,合意する段階にならないと代理権の有無が判明しないというのはおかしいですし,何より依頼者に不利益になってしまう可能性があります。
具体的には,例えば350万円の債務について,210万円以上の和解だったら司法書士が代理できるけど,210万円未満だったら代理できないとなると,貸金業者としては,司法書士の権限が不確定な状況で和解交渉をしなければならないことになってしまいます。また,350万円の債務について,貸金業者が「一括で支払ってくれるなら150万円で和解してもいいよ」と打診があったとしても,150万円で和解となると金銭的なメリットが200万円となるため司法書士は代理人となれず,依頼者に不利益をかけてまで150万円ではなく金銭的なメリットが140万円である210万円で和解してしまうかもしれませんよね(ただし,仮に受益額説でOKだったとしても,このような和解をすれば懲戒処分されます。)。
ということで,私としては債権額説で良かったと思っています。
今回の件について,ネット上のコメントを見ると弁護士さんと司法書士の縄張り争いが行われているかのように思われており,双方のイメージを悪化させているように感じます。業務範囲が競合している以上,業際問題が完全に解決するのは簡単ではないかもしれませんが,互いに尊重し合って解決し,発展していければいいですね。