相続に関すること

認知症の方がいらっしゃる場合の相続(遺産分割)

先日,認知症の方が所有されている不動産の売買・贈与について記載いたしました。

それ以上によくあるケースが,認知症の方が相続人となる場合の相続手続(遺産分割)です。当事務所でも現在進行形で2件進めております。

概ね,売買等の場合と同じように手続を進めていきますが,異なる点もありますので,この点についてまとめたいと思います。

 
 

意思能力があればすべて自由です

これは先日の売買等とまったく同じであり,一般論として,相続人全員の同意が得られる限り,どのように遺産を分けていただいても構いません。例え,認知症の方であっても,しっかり相続について理解されていれば問題なく遺産分割協議をすることは可能ですし,相続放棄をしていただくことも可能です。 
 

意思能力が無いと判断される場合

意思能力がないと判断される場合は,遺産分割協議を進めることはできません。したがって,この場合は成年後見制度の利用を考えなければなりません。この点,売買や贈与の場合は,売買等を諦めるという選択肢もありますが,相続の場合,預金口座の凍結の解除など,被相続人が亡くなってからすぐに行うべきことがたくさんありますので,成年後見制度の利用を積極的に考えなければならないと思われます。
 

なお,限定的ではあるものの,成年後見制度を使わなくても相続人の一部だけで手続を行うことができる場合もあります。たとえば,預金については,絶対に遺産分割協議をしなければならないわけではなく,自己の相続分に限り,銀行に対して払い戻しを請求することができます。この点,当事務所でも,成年後見制度を使うとかなり時間がかかると予想されていた事件について,一部の相続人だけの払い戻し手続きを行ったことがあります。
 

一部の相続人からの預金の払い戻し
 

また,不動産についても,遺産分割協議をして特定の方に相続させるというものではなく,相続人全員に名義を変えるということであれば可能です。 
 

成年後見人が行う遺産分割協議

居住用不動産の処分と異なり,遺産分割協議を行うこと自体に裁判所の許可は不要です。ただ,大前提として成年後見人は本人さんのためになるよう代理する人ですので,むやみに遺産の放棄などをすることは許されません(事後的に成年後見人が損害賠償請求される可能性があります。)。したがって,少なくとも法定相続分相当額の遺産を取得するような内容か,仮に遺産をまったく取得しないような内容であればそれを正当化するための事実(生前に多額の贈与を受けていた等)が必要となります。
 

また,成年後見人として親族が選任されている場合は利益相反となり,後見監督人が選任されていなければ特別代理人の選任が必要となります。
 

例えば,父親が亡くなり,認知症の母親,長男が相続人となる場合,母親の成年後見人に長男が就任することは可能ですが,遺産分割に際し,長男は長男としての自分の立場と母親の成年後見人としての立場を併せ持つことになり,利害が反します(母親の取得分が多くなれば長男の取得分が減り,長男の取得分が増えると母親の取得分が減るという関係)ので,長男は成年後見人として遺産分割協議に参加することができません。その場合,この遺産分割協議のためだけの「特別代理人」という人を裁判所に選任してもらい,その特別代理人が母親の代理人として遺産分割協議に参加します。実際,私も遺産分割のための特別代理人として選任されたこともあります。
 


 

なお,「遺産分割協議を行うこと自体に裁判所の許可は不要です。」と記載しておりますが,特別代理人の選任申立ての際には,遺産分割の案も添付します(したがって,特別代理人の選任申立てを行う際は,事実上の遺産分割協議は行っています。)。この時に,遺産分割の内容が本人さんに不利益な内容になっている場合は,裁判所からの指摘されることになりますので,事実上,特別代理人の選任が必要な場合は遺産分割協議に裁判所の許可とまではいかないまでも審査が必要な状況になっています。
 

とはいいつつも,先日,家裁の指示通りに弁護士である特別代理人が遺産分割協議を行ったのに,不当な遺産分割協議をしたと訴えられて敗訴するという事件がありました(約1000万円)。
 
 

判決要旨は以下の通りです。

広島高裁岡山支部平成23年8月25日判決

「遺産分割協議における数人の未成年者間の特別代理人の当該利益相反行為の相当性の判断は、本来、家庭裁判所ではなく特別代理人がすべきものであり、本件のように、審判主文に遺産分割協議書案が掲げられている場合でも、その趣旨は、特別代理人の裁量権行使により未成年者の利益が害されることのないようその裁量権を制限するものであって、特別代理人は、当該遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させるか否かの判断をする権限を有しているのであって、未成年者保護の観点から不相当であると判断される場合にまで当該遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させる義務を負うわけではなく、このような場合には特別代理人は当該遺産分割協議を成立させてはならないと解され、特別代理人は、家事審判法第16条、民法第644条により、その権限を行使するにつき善管注意義務を負う以上、被相続人の遺産を調査するなどして当該遺産分割協議書案が未成年者保護の観点から相当であるか否かを判断すべき注意義務を負うと解すべきである。」
 

したがって,特別代理人もなかなか責任が重いです・・・。 
 

遺言があればすべて関係なし

長々と書いてきましたが,実は認知症に罹患され意思能力がなくても手続ができることがあります。それが遺言です。
 

つまり,上記の例でいえば,父親が亡くなる前に遺言書で財産の分割方法を定めているようであれば,遺産分割協議を行う必要はありませんので,成年後見という話は必要ありません。ですので,例え相続人間の仲が良く,もめる可能性は低かったとしても遺言書は書かれておかれた方が良いと思います。