夫婦間における自宅の贈与の特例は得か
夫婦間でのご自宅の贈与のご相談をお受けすることがありますが,基本的にはあまりお勧めはしておりません。
というのは,将来的に相続が生じたときと比べて費用がかなり高くなるからです。とはいえ,まったくメリットが無いわけでもないので,金銭的な面も踏まえてまとめておきたいと思います。
相続税と贈与税
人が亡くなると相続が発生し,配偶者や子どもなどの相続人が遺産を相続することになります。
その際,亡くなった方の遺産が多いと相続税が発生するんですが,配偶者の場合は1億6000万円まで無税で相続することができます。一般的に,なかなか1億6000万円もの遺産をお持ちの方は少ないかと思われますので,多くの方が配偶者に関する相続税はかからないこととなります。
また,小規模宅地の場合は8割減で評価してもらえるという特例がありますので,1億円の不動産だった場合は2000万円で評価してもらうことができます。
一方,贈与に関しては,基礎控除の110万円を超える部分については贈与税がかかってしまいますが,夫婦間の贈与の場合は下記の条件を満たすと2000万円まで(基礎控除も含めると2110万円まで)は贈与税が無税となります。
1 夫婦の婚姻期間が20年を過ぎた後に贈与が行われたこと
2 配偶者から贈与された財産が,自分が住むための国内の居住用不動産であること又は居住用不動産を取得するための金銭であること
3 贈与を受けた年の翌年3月15日までに,贈与により取得した国内の居住用不動産又は贈与を受けた金銭で取得した国内の居住用不動産に贈与を受けた者が現実に住んでおり,その後も引き続き住む見込みであること
4 同一の配偶者からの特例をすでに使っていないこと(同一の配偶者間では一生に1回のみです)
また,この特例は自動的に適用されるわけではありませんので,戸籍謄本等の必要書類と併せて贈与税の申告をする必要があります。
ということで,遺産が1億6000万円以下の方については,わざわざ贈与しなくても相続の時に無税で取得することができますので,贈与に関してのメリットはあまりありません。
不動産取得税
不動産を取得した場合,一度だけですが不動産取得税という都道府県税が課され,原則として固定資産税評価額の3%が課されます。したがって,一般的な戸建住宅だと数十万円程度かかりますし,比較的小さめのマンションでも10万円以上かかることが多いかと思います。
ただし,様々な特例があり,土地に関しては宅地だと半額で評価されたり,居住用住宅だと評価額から一定額控除されたりします。
この不動産取得税ですが,贈与の場合は課税されるものの,相続の場合は課されないことになっています。
したがって,この点からも贈与よりは相続の方が費用がかからないこととなります。
登録免許税等の登記費用
不動産の名義を変える場合,法務局に登録免許税という税金を納めなければなりませんが,名義を変える理由(原因)によって税率が異なります。
この点,贈与に関しては不動産の評価額に対して2%であるのに対し,相続の場合は0.4%とされています。実に5倍違いますので,圧倒的に相続の方が得です。
ただし,贈与に関しては贈与契約書があれば良いものの,相続の場合は亡くなった方の戸籍謄本等が必要になりますので,評価額が高く無い不動産の場合は相続の方が費用がかかる可能性もあります。
それでも贈与を行う場合
上記のとおり,費用的には相続の方が得であることが多いのですが,以下のような場合には贈与をすることが考えられます。
1 相続人間で揉める可能性がある
相続の場合は,基本的には相続人間で話し合い(遺産分割協議)を行い,最終的にまとまった内容の遺産分割協議書を作成します。ここには相続人全員の実印+印鑑証明書が必要となりますので,相続人のうち1名でも協力しない人がいると名義を変えることができません。一方,贈与は夫婦だけで進めることができ,子どもや親など,他の親族の協力は必要ありません。
したがって,相続になったときに揉める可能性があるようであれば贈与をしておくということも考えられます。
2 贈与者がリスクのあることを始めようとしている
例えば,夫が定年退職後に一念発起して商売を始めようとしている場合に,もし商売に失敗してしまうと夫名義の自宅を差し押さえなどによって失う可能性があります。したがって,商売を始める前に妻名義に変えておくことで最低限自宅だけは守るということができます。
なお,上記の場合,妻が金融機関からの融資などで連帯保証人になっている場合や妻名義にした後に自宅を担保として入れてしまうと自宅は守れなくなってしまう可能性はあります。また,商売を始めて業績が悪くなった後に名義を変えた場合は,贈与が詐害行為となり,取り消される(夫の名義に戻る)可能性があります。
3 1億6000万円以上の遺産がある
上記のとおり,配偶者は1億6000万円までは非課税となりますが,それよりも多額の遺産がある場合は贈与した不動産の分だけ相続税を得することになります。
4 現金で贈与する場合
上記の不動産取得税,登録免許税はあくまで自宅そのものを贈与する場合であり,自宅の購入や建築費用としての現金を贈与する場合には課されません。
5 お金じゃないよ,気持ちだよ
贈与税がどうとか不動産取得税がどうとかではなく,長年連れ添った配偶者に対して感謝の気持ちをモノとして現したい,という場合です。素敵なことだと思います。
以上のとおり,単に「夫婦間の自宅の贈与は税金がかからない特例がある!」とは言っても,あまりメリットがない場合もありますので,一度司法書士や税理士さんなどにご相談いただいてから進められた方が良いかと思います。