現住所を登記したくない場合(極めて例外的)
当事務所では,弁護士さんとのお付き合いもたくさんあり,弁護士さん経由で登記のご依頼をお受けすることがあります。
例えば,遺産分割調停が成立した後の相続を原因とする移転登記,離婚訴訟が終わった後の財産分与による移転登記,当事務所でも行っている訴訟を得た後の抵当権抹消登記など多岐に渡ります。
今回も弁護士さんが裁判手続を経た後,当事務所にご依頼があったのですが,当事者の欄を見ると住所が「秘匿」となっており,ご住所を明らかにしたくない何らかの事情があることが窺えました。
そこで,今回は住所を登記したくない場合についてまとめてみました。ただし,限定的,例外的な取り扱いであり,実際に該当するケースは極めて少ないと思います。
1 登記における「住所」
不動産を取得したり,抵当権を設定した場合など,誰が所有者(権利者)であることを登記簿上明らかにする必要がありますが,その際,誰が権利者であるかは原則として住所及び氏名で特定することになります。
例えば,不動産を購入された場合の所有権移転登記を申請する際には,新所有者となる買主さんがどなたであるかを証明するために住民票等の公的書面を添付して申請することになります。
また,不動産を売却する場合,名義が無くなる所有者本人が手続に関与していることを証明するために,権利書及び印鑑証明書(+実印が押印された書面)を添付して申請します。もし,登記されている住所が現住所と異なる場合は,所有権移転登記の前提として登記簿上の住所から現住所への住所変更登記を申請したうえで,その後に所有権移転登記を申請いたします。
これは,印鑑証明書をは現住所の役所で発行してもらう書類であり,登記簿上の住所を現住所に変更し,登記簿上の住所と現住所が一致していないと本当に登記された所有者が手続に関与しているか法務局が判断できないからです。
このように,住所というのは結構大事な情報となります。
2 住所を登記しないことは特殊な事例を除きできない
上記のとおり,住所は誰が権利者であるかを特定するための大事な情報となりますので,住所を登記しないということは原則としてできません。
例えば,まだ出生していない胎児の名義でも所有者として登記できる場合がありますが,その場合も住所の登記は必要になりますし,慶応生まれで昭和初期に亡くなった方への相続登記などで住所を証明する書類が一切ない場合もありますが,その場合でも本籍地を住所として登記することになります。
特殊な事例として住所の登記が不要な場合がありますが,これは国や地方公共団体が権利者になる場合です。
平成24年頃,一般の方が所有されていた尖閣諸島について,東京都が購入すると表明し,最終的には東京都ではなく国が購入することになりました。この場合,管轄する国土交通省の名義で購入したのですが,下記のとおり国土交通省の住所は登記されません。
上記のとおり,住所は誰が権利者なのかを特定するための情報であり,逆に言えば,住所が無くても特定できるのであれば住所は不要ということになります。そして,国土交通省名義で登記してあれば,一見して国有化された土地だということは分かりますので,住所を登記する必要はないということになります。
3 現住所ではなく,前住所の登記を例外的に認める場合(新たに権利を取得する場合)
ここからが今回の本題になるのですが,個人の方が様々な理由で自分の住所を登記したくないということがあります。例えば,「親族と仲が悪い」,「ストーカーやDVの被害に遭っている」,「芸能人などの有名人である」などいろいろあるかと思います。
一般的に,住所を証明する一番の書類は住民票となりますが,基本的に第三者の住民票を勝手に取得することはできません。しかし,不動産の登記簿は公開されるのが原則であり誰でも不動産の登記事項証明書を自由に取得することができますので,不動産の所有者として載っている住所を調べることで間接的に第三者が住所を調べることができてしまいます。
とはいっても,住所を登記しないと誰が権利者なのかを特定することができなくなってしまいます。
そこで,極めて例外的ではありますが,下記の書類を提出した場合に限り,現住所ではなく前住所や前々住所を登記することによって現住所を特定されないようにすることができるようになっています(平成27年3月31日民二第196号)。
①住民票上の住所を秘匿する必要があり「住民票に現住所として記載されている住所地は、配偶者等からの暴力を避けるために設けた臨時的な緊急避難地であり、あくまで申請情報として提供した住所が生活の本拠である」旨を内容とする上申書(登記権利者の実印で押印されたものであり,印鑑証明書も必要)
②上記の前住所や前々住所等が記載された住民票や戸籍の附票等
③いわゆる「DV防止法」,「ストーカー規制法」及び「児童虐待防止法」で支援を受けていることを証明する書面
つまり,この制度を利用できるのはDV,ストーカー及び児童虐待の被害者の方に限定されているため,単に「有名人だから」という理由では利用できないということになります。
4 住所変更を省略できる場合(権利を失う場合)
上記のとおり,不動産を売却等して名義が無くなる場合,現住所の役所から発行してもらう印鑑証明書に記載されている住所と登記簿上の住所が一致していなければなりませんので,登記簿上の住所が前住所である場合は,前提として現住所に変更したうえで名義変更の登記を申請する必要があります。
ただし,下記の書類を提出した場合に限り,住所変更登記をすることなく,名義変更の登記を申請することができるようになっています(平成25年12月12日民二第809号)。
①登記簿上の住所と現住所までの変遷が分かる住民票や戸籍の附票等
②いわゆる「DV防止法」,「ストーカー規制法」及び「児童虐待防止法」で支援を受けていることを証明する書面
こちらも,制度を利用できるのはDV,ストーカー及び児童虐待等の被害者の方に限定されているため,単に「有名人だから」という理由では利用できないということになります。
5 まとめ
以上の次第で,現住所を登記しないで登記手続を行うというのはハードルが高いのですが,もし該当される方は,被害発生防止の観点からもぜひ利用すべき制度だと思いますので,ぜひご検討ください。