不動産売買に関すること

成年後見手続が必要な場合

当事務所では成年後見業務を行っており、累計で数十人、現時点でも数名の方の成年後見人に就任しております。
 

売買や贈与、相続等において、成年後見が関係することがあるため、今回はこの点に絞ってまとめたいと思います。
 

 
 

1 意思能力について

 

(1)意思能力とは
不動産の売買や贈与をする場合など、何らかの法律上の行為をする場合、その方に「意思能力」があることが必要です。
この意思能力を言い換えると判断能力のようなものであり、平たく言えば、自分が行っている行為がどういう意味なのかを理解できる能力ということになります。
 

意思能力は各個人によって異なりますが、一般的には10歳くらいになれば意思能力があると判断されます。また、成人においてもお酒を飲んで泥酔してしまっている場合や覚せい剤でおかしくなってしまった方も一時的に意思能力がないと判断されることがあります。
 

もっとも、10歳の子が不動産の売買をするということは考えにくいですし、泥酔している人が契約をすることは通常あり得ませんので、一番現実的なお話しとしては、①認知症の方、②精神障害がある方、のどちらだと思います。
ただし、認知症や精神障害については、いずれも症状の程度や波がありますので、あくまで契約等を行う際に意思能力があれば良いということになります。
 
したがって、例えば認知症とは言っても少し物忘れがあるという程度だったり、精神障害と言っても服薬によって特に問題ないということであれば、意思能力は大丈夫だと判断されやすいと思います。
 

(2)意思能力がない方が契約をするには
ご自身で判断することができない状態にある方(意思能力がない方)については、仮に契約を締結したとしても無効となってしまいます(民法3条の2)。
 
そこで、法律では意思能力がない方についても問題なく契約等ができるよう法定代理人という制度を定めており、ご本人に代わって法定代理人が契約等を行います
具体的には、未成年者であれば親権者(場合によっては未成年後見人)が、認知症や精神障害がある方については成年後見人(場合によっては任意後見人や保佐人等)が代理人として契約することで有効な契約等を行うことができます。 
 

2 売買や贈与で成年後見が必要となる場合

 

不動産の売買というのは極めて大きな財産が動くことになりますので、契約締結後に意思能力が問題になってしまうと大変なことになります

したがって、意思能力の判断は、かなり慎重に行う必要があります。
 

(1)売主側

ご本人が不動産を所有しており、売却や贈与をする場合、認知症等で意思能力に不安がある場合は成年後見制度を使って、成年後見人が代理人として売却することが考えられます。基本的には、成年後見人が売却の適否や価格等についてご自身で判断し、最終的に売却することは可能です。
 

ただし、成年後見人が選任されていたとしても、すべての不動産の売却等ができるわけではありません。
 

例えば、自宅等の居住用不動産について売却するためには、事前に裁判所の許可を得る必要があります(民法859条の3)。これは、一時的に施設等に入所されているときに、自宅を売却してしまうと戻る家がなくなってしまうからです。したがって、裁判所の許可を得るためには、①施設などの入所費用を工面する必要がある、②医師の判断によれば自宅に戻って生活できる見込みはかなり低い、③売却価格は周辺相場からいって妥当である、など売却が必要である旨を裁判所に説明して許可を得ることになります。
 

また、成年後見人はご本人の権利を守るために選任される者ですので、積極的に財産を減らす行為は認められません
 

とすると、ご本人が所有している財産を第三者に贈与するという行為は基本的には認められないことになります。
 

もっとも、贈与することが却ってが本人の資産を守ることになるのであれば贈与であっても認められます。当事務所が成年後見人になっている方について、ご本人が所有していた別荘(建物のみで土地は借地)があったのですが、当該別荘を利用する見込みが無かったので、裁判所に相談をしたうえで、第三者に贈与しました。このケースでは、そもそも何もしなくても毎月の借地料の支払いが必要になりますし、また、かなり建物が老朽化していたので取り壊すという選択肢があったものの数百万円の取り壊し費用がかかり、売却しようにも数百万円程度の費用をかけてリフォームをする必要があったことから、現状で引き受けてくれる方に贈与をしました。
 

なお、直接今回の記事とは関係ありませんが、親族に対するお年玉や結婚祝い、就職祝い等の社会生活上の妥当な範囲であれば贈与であっても認められます。
 

(2)買主側

成年後見人の選任がされている方が不動産を購入するというケースはあまり無いかと思いますが、もしそのような事態になったときには成年後見人が本人に代わって契約等をすることになり、この行為について裁判所の許可等は必要ありません。ただし、後見監督人が選任されているようであれば監督人の同意が必要となります(民法864条)。
 

もっとも、不動産を購入するということは、多額の現金を支出することになりますので、事前に裁判所に相談をした方が良いと思います。 
 

3 相続で成年後見人が必要となる場合

 

(1)相続人が1人のみの場合
相続人がお一人の場合、特に成年後見人を選任する必要はなく、ご本人が手続を進めることができるようであれば進めていただくことは可能です。ただし、相続の手続は難しいので誰かに依頼することが多いと思いますが、意思能力が無いとその依頼ができない(委任契約が締結できない)ので、結果として成年後見人の選任が必要になる場合が多いと思います。
 

なお、事実上親族の方がご本人に代わって手続を進めるということであれば、成年後見人を選任しないこともあるかと思います。
 

(2)相続人が複数いる場合
複数の相続人の中に、意思能力が問題になる方がいらっしゃる場合、相続人間の話し合いである遺産分割協議ができませんので、成年後見人を選任していただく必要があります。そして、ご本人に代わって、成年後見人が他の相続人との間で遺産分割について話し合いを行うことになります。
 

成年後見人はご本人の権利を守る立場にありますので、ご本人が遺産を一切取得しないという遺産分割は特別な理由がない限り難しいです。
 

また、成年後見人は弁護士や司法書士といった専門職ではなく、親族の方がなることができます。その際に、遺産分割協議に参加する方が成年後見人になってしまうと利益相反が生じているので別の手続が必要となります。
 

具体的には、父親Aさんが亡くなり、妻Bさんと子Cさんの2人が相続人である場合、Bさんの成年後見人としてCさんが就任することはできますが、BさんとCさんはAさんの遺産分割について利益相反の関係にありますので、Cさんは遺産分割協議においてBさんを代理することができません。

この場合、成年後見監督人が選任されていれば、当該監督人がBさんを代理することとなり、監督人が選任されていないようであれば裁判所に特別代理人を選任してもらってその特別代理人がBさんを代理することになります(民法851条4号)。
 

4 遺言について

 
遺言については、必ずご自身でする必要があり、第三者が代理して遺言をすることはできません。

したがって、遺言書の作成を目的として成年後見人の選任をすることはありませんし、すでに成年後見人が選任されていたとしても、成年後見人が代理することはできませんので、必ずご自身で遺言書を作成することになります。

ただ、意思能力が不安な方だからこそ成年後見人が選任されているのであり、なんとかしてご本人が遺言書を作成したとしても、意思能力がないときに作成したのであればやはり無効になってしまいます。 
 

そこで、法律では、成年後見人が選任されている場合においては、①意思能力が一時的に回復していること、②医師2名以上の立ち合いがあること、③当該立ち会った医師が「遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨」を遺言書に付記すること、の要件を備えれば遺言書を作成することが可能であるとしています(民法973条)。

 
 
  

以上のように、認知症の方や精神障害がある方について売買や相続が生じると成年後見が必要になる場合があり、何もせずに進めてしまうと事後的に無効となる可能性がありますので、契約や遺産分割をされる前に一度専門家にご相談された方が良いと思います。