相続人の一部の方が行方不明の場合
先日、相続手続を進める中で、相続人のうちの一部の方が行方不明であることが発覚いたしました。
件数としてはあまり多くはありませんが、当事務所では数年に一度程度の割合で行方不明の方がいらっしゃるケースがあり、特に被相続人が高齢の方でお子さんがいらっしゃらず、兄弟姉妹が相続人になるケースで比較的見かけます。
今回は、相続人の一部の方が行方不明の場合に執りうる手続についてまとめたいと思います。
1 遺産分割協議の前提
Aさん(父親)がお亡くなりになり、相続人としてBさん(母親)及びお子さん3名(C~Eさん)の合計4名がいらっしゃったとします。
この場合、必ず相続人4名全員で協議する必要があり、協議がまとまった場合には遺産分割協議書を作成して、相続人全員がご署名とご実印でのご捺印を行います(印鑑証明書も必要となります。)。
例外的に、お子さんの中に未成年者がいらっしゃる場合は、母親であるBさんとの間で利益相反関係が生じますので、例えばEさんが未成年者である場合は、Eさんに関する特別代理人を家庭裁判所に選任してもらい、特別代理人がEさんに代わって協議に参加したり、ご署名等をされることとなります。
また、お子さんであるCさんがすでに亡くなっている場合、もしCにさらにお子さん(Aさんからすれば孫)がいらっしゃるようであれば、Cさんに代わって、そのお孫さんが協議に参加することになります。
一方、お子さんであるDさんは、すでに成人であるものの自由奔放に生活されており、何年も家に帰っておらず、連絡も取れないような状態が続いているとします。
この場合、Dさんは成人ですので特別代理人という話は出てきませんし、亡くなっている訳ではありませんのでDさんの相続人が協議に参加することもできません。となると、事実上、遺産分割協議を進めることができませんので、Aさん名義の遺産についてはどうすることもできないということになります。
なお、預貯金については、一部のみ払い戻しをすることができますが、それでも解約して全額を払い出すことはできません。
ということで、相続人の一部の方が行方不明となるとかなり困ってしまいます。
そこで、このような場合にいくつか手続が用意されています。
2 不在者財産管理人の選任及び権限外行為許可
民法25条に、「従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。」と規定されています。
端的に言えば、もともと住んでいた場所に容易に帰ってくる見込みがない方については、家庭裁判所は利害関係人の請求によって管理人を選任してもらうことができる、ということになります。
この、「容易に帰ってくる見込みがない」という点については、単に数日行方不明というだけでは足りず、郵便物を送付したもののの「宛所に尋ね当たらず」で返送されてくるとか、住民票が役所の判断によって消除されているなど、それなりに行方不明であることを証明しなければなりません。
→ 職権消除について
また、不在者財産管理人の権限は、あくまで財産を管理するだけであるため、遺産分割協議などの財産処分行為をすることができません。
そこで、不在者財産管理人が遺産分割協議を行う場合は、裁判所に対して、本来の権限外ではあるものの例外的に遺産分割協議することの許可を得る必要があります(民法28条)。その際に、遺産分割協議書の案を提出する必要があり、加えて、不在者は最低限法定相続分は確保しなければ裁判所の許可が出ませんので、事実上は、不在者財産管理人が自由に判断する余地はあまりないということになります。
そして、裁判所から権限外行為許可が出ましたら、それに基づく遺産分割協議を正式に成立させ、あとは通常の相続のときと同様に名義変更等を進めていくことになります。
なお、その後にご本人が帰ってきた場合は、不在者財産管理人はご本人に財産を引き継ぎ、管理人の業務は終了することになります。
手続に要する期間は、3か月から半年程度となりますが、ご本人さんの不在について追加の調査が必要な場合はさらに時間がかかることがあります。
3 失踪宣告の申立て
上記の不在者財産管理人は、本人が帰ってくるまで本人に代わって財産の管理を行う人であるため、基本的にはご本人が帰ってくるのを待つということになります。
一方、失踪宣告は、ご本人が(法律上)亡くなったとみなして、ご本人に対する相続手続を開始する手続となります。上記の例でいうと、Dさんに失踪宣告がされた場合には、Dさんの配偶者やお子さんがDさんに代わってAさんの相続手続に関与するとともに、Dさん自身の相続手続も進めることになります。
この失踪宣告は大きく分けて以下の2つの種類があります。
(1)普通失踪
例えば、いつもどおり会社に出勤したものの、その日の夜に家に戻ってこず、その日から行方不明という場合です。このような状況が7年以上続いた場合は家庭裁判所に失踪宣告の申立てができ、行方不明から7年が経過した日に亡くなったとみなされます。
この点、上記の不在者財産管理人の選任申立ては特段行方不明期間に関する条件はありませんが、普通失踪は7年という要件がありますので、相当長期間行方不明で無いと失踪宣告は進められないということになります。
(2)特別失踪
例えば、家族でフェリーに乗って旅をしていたところ、誤ってフェリーから落下してしまいました。その後、警察や海上保安庁などが捜索したものの見つからず、捜索が打ち切られたとします。
このような場合、残念ながらお亡くなりになった可能性が極めて高いため、その場合は、落下したときから1年経過後に失踪宣告の申立てが可能となります。また、亡くなったとみなされる日は1年経過後ではなく、落下した日に亡くなったとみなされます。
フェリーからの落下という事故はあまり無いかもしれませんが、災害でも適用されますので、例えば10年前の東日本大震災によって現時点でも行方不明になっていらっしゃる方や長野県の御嶽山の噴火によって行方不明になっていらっしゃる方も同じように失踪宣告の手続を行うことが可能となります。
上記の普通失踪と特別失踪によって法律上の効果に違いは無く、いずれの場合はご本人について相続手続が開始することになります。
なお、失踪宣告がなされたとしても、現実的にはご本人さんはご存命でどこか遠い地で生活されているかもしれませんが、その際の法律関係は特に問題なく通常どおりとなります。例えば、コンビニでお金を払っておにぎりを買ったとしても、その売買が無効になるということはありません。ただ、自動車や不動産を購入する際には住民票や印鑑証明書等が必要となりますので、現実的には購入することは難しいと思います。
また、ご本人が、自分に対する失踪宣告がされていることに気づいた場合は、その取り消しを家庭裁判所に申し立てて失踪宣告の効力を取り消してもらうことができます。これにより、法律上、一度は亡くなったとみなされたものの、生き返ることになります。逆に言えば、失踪宣告の取り消しがされない限りは、ずっと亡くなったものとみなされたままということになります。
失踪宣告がされるまでの期間としては、官報公告等が必要になる関係上、1年前後の時間がかかってしまいます。
4 手続に要する費用
当事務所では上記手続について、以下のとおりとさせていただいております。
①不在者財産管理人の選任申立て
16万5000円(税別15万円)+実費(1万円~2万円程度)
※ただし、調査のため遠方への出張等が必要になる場合は、交通費や宿泊費等が必要になる場合があります。
②権限外行為許可
3万3000円(税別3万円)+実費(3000円程度)
※ただし、当事務所の司法書士が不在者財産管理人に就任している場合は、こちらの費用はかかりません。
③不在者財産管理人報酬
基本的には不在者の財産から受領いたしますので、依頼者の方に費用のご負担をお願いすることはありません。
※ただし、不在者の財産から賄えない場合は、裁判所の決定により30万円~50万円程度の予納金を準備するよう指示される場合があります。
④失踪宣告の申立て
22万円(税別20万円)+実費(1万円程度)
※ただし、調査のため遠方への出張等が必要になる場合は、交通費や宿泊費等が必要になる場合があります。
以上、相続手続において相続人の一部の方が行方不明になっている場合でした。