遺言執行者の選任はしておいた方が良いか(登記的に)
遺言書作成のご相談、ご依頼をいただくことがあり、基本的に当事務所としては公正証書遺言での作成をお勧めしております。
というのは、通常の自筆証書遺言の場合は、紛失、変造等のリスクがあり、そのリスクを軽減する法務局の自筆証書遺言書保管制度も、法務局が遺言の内容のチェックまでしてくれるわけではないので、最悪の場合無効となってしまうリスクがあるためです。
もちろん、公正証書遺言であっても意思能力が無い等の理由で無効になるリスクが無いわけではありませんが、少なくとも形式違背で無効になることはまず考えられませんので、特段の事情が無い限り公正証書での遺言書の作成をお勧めしております。
また、遺言書作成に当たり、遺言執行者の指定についてもご相談いただくことがありますので、今回はこの点についてまとめたいと思います。
1 遺言執行者とは
そもそも遺言書に記載されている内容は、遺言者ご本人が亡くなったからといって自動的に不動産の名義変更がなされたり、金融機関の預貯金が解約されるわけではありませんので、遺言書の内容を実現する人が必要になってきます。それを実現する人が遺言執行者となります。
ただ、遺言執行者は必ず指定しなければならないというものではありませんので、遺言執行者が指定されていなければ、相続人全員が協力して遺言書の内容を実現していくことになりますし、どうしても遺言執行者が必要であれば家庭裁判所に遺言執行者を選任してもらうこともできます。以前、遺言執行者が選任されておらず、かつ相続人の一部の方が協力してくれなかったため、特定の相続人を遺言執行者に選任してもらうよう家庭裁判所に申立てを行い、その通りに選任されて手続を進めたこともあります。
2 遺言執行者になれる人など
遺言執行者は、未成年者及び破産者以外の方であれば、誰でもなることができ、特に資格なども必要ありません。特定の相続人を遺言執行者に指定することもできますし、相続とは無関係な弁護士や司法書士等の専門家を指定しておくことも可能です。
さらに、1名に限られていないため複数指定することも可能ですし、順位を付けて指定することも可能であり、法人であっても可能です。
例えば、「妻と長男を遺言執行者に指定する。」、「妻を遺言執行者と指定するが、遺言者よりも前に妻が亡くなっていた場合は長男を指定する。」、「A株式会社を遺言執行者に指定する。」ということが可能です。
なお、あくまで遺言執行者の「指定」に過ぎないため、指定された人は遺言執行者になることを拒否することも可能です。
3 遺言執行者の権利と義務
(1)権利
①報酬
法律上の原則としては遺言執行者は報酬を受ける権利はありませんが、当事者間に取決めがあれば報酬を受領しても良いことになっているため、専門家が遺言執行者となる場合は遺言者との間で遺言書を作成する時点で遺言執行に関する報酬についても取り決めてあることが一般的です。これは各専門家によって異なりますが、遺産総額の数パーセントというケースが多いかと思います。
②遺言者の代理人として行う権限
権利というよりは権限になりますが、遺言執行者は遺言者の代理人として遺言書の内容を実現していく権限があります。したがって、例えば相続人の一部が反対していたとしても手続を進めることが可能です。
(2)義務
① 任務を行う義務
遺言執行者が、遺言書において指定を受けて就職を承諾したときは、直ちに遺言執行の手続を進めなければなりません。もちろん、「仕事を投げ出して最優先でやってください」という意味ではなく、「漫然と放置しないでください」という意味になります。
② 財産目録の作成等の義務
遺言執行者は、遺言者の財産を調査の上、相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければなりません。この点が一番大変というケースも多いかと思います。
③ 善管注意義務
遺言執行者は、善管注意義務をもって遺言執行をしなければなりません。なかなか分かりづらいですが、常識的な判断で進めてくださいという感じかと思います。例えば、不動産を売却して代金を相続人に分配するという清算型の遺言があったときに、不当に安い価格で売却してしまった場合には善管注意義務違反で損害賠償請求される恐れがあります。したがって、このような場合には査定書を複数取ったりして金額が妥当であることの記録を取っておくべきだと思います。
④ 報告義務
遺言執行者は、相続人から問い合わせがあった場合には状況を報告し、完了した後にも完了の報告をする必要があります。
⑤ 引渡義務
遺言執行者は、遺言執行の任務遂行として相続人のために関係者から受領した金銭その他の物や収受したものがある場合には相続人に引渡さなければなりません。遺言執行者が受け取ったものはあくまで相続人や受遺者のために預かっているだけに過ぎませんので当然ですね。
⑥ 補償義務
遺言執行者が相続人に引き渡すべき金額等を使ってしまったり、預かったものを壊してしまった時などは弁償する義務があります。これも当然ですね。
4 遺言執行者は指定しておいた方が良いのか
やっと今回の記事のメインです。
遺言執行者を選任した方が良いかどうかは、その内容、相続人が自身で手続ができるか、相続人間の関係次第となります。
(1)内容
登記と関係ない部分ですと、認知や相続人の廃除等がある場合は必ず遺言執行者の指定が必要ですがそのような遺言はあまり多くないため、一般的には気にしなくて良いかと思います。
まず、遺言の内容に、遺贈がある場合は遺言執行者を指定しておいた方が良いと思われます。遺贈とは、基本的には相続人以外の人や法人に対して遺言者の財産を渡すというものであり、例えば相続人ではない孫、兄弟姉妹、甥姪、お世話になった友人知人、NPOや赤十字などの団体に財産を残したい場合になります。遺言執行者がいない場合は相続人が遺贈の手続を行うことになりますが、相続人としては遺贈がなければ自身の取り分が増えることになりますので、遺贈の手続を放置されてしまう可能性があります。これがもし不動産の場合、相続人全員の印鑑証明書が必要になりますので、途端にハードルが上がります。
逆に言えば、「A土地は長男に相続させ、B土地は次男に相続させる。」など、相続人だけが受け取るような内容になっている場合、遺言執行者がいなくてもA土地は長男のみで、B土地は次男のみでそれぞれ手続ができますので、必ずしも遺言執行者の指定は必要ありません。なお、このような場合であっても、遺言執行者が登記手続を進めることは可能です。
(2)相続人ができるかどうか
上記のとおり、遺言執行者にはたくさんの義務があり、いろいろと調査をしなければなりません。それには当然多くの時間がかかりますし、専門的な知識が必要な場面もたくさんあります。
この点、「相続人の調査だけ」、「財産の調査だけ」、「登記手続だけ」など、ピンポイントに専門家に依頼するということも考えられますが、丸っと専門家にご依頼いただいた方がスムーズに進むのは間違いありません。
ただし、専門家に依頼した場合はそれなりに費用もかかりますので、この点を踏まえてご検討いただくことになります。
(3)相続人間の関係性
遺言執行者がいる場合、遺言執行者は相続人全員に対して、就任の通知や財産目録等を送付しなければなりません。
となると、相続人が兄弟のみの場合で、遺言書がある場合に、相続人ではあるけどもう何十年も連絡を取っていない兄弟がいる場合など、あまり関りがない方についても送付しなければならず、それが原因でトラブルが生じる可能性があります(兄弟姉妹には遺留分はありません。)。
上記のとおり、遺言書があっても、相続人単独で名義変更等ができてしまいますので、そのような場合には逆に遺言執行者を指定しておかない方が良いかもしれません。
5 まとめ
あくまで不動産に関する登記だけで考えると、遺贈があるのであれば遺言執行者を指定しておいた方が良いと思いますが、上記のような「A土地は長男に相続させ、B土地は次男に相続させる。」と具体的に決まっている場合は、必ずしも遺言執行者の指定は必要ないかと思います。もちろん、相続人が自身で手続を行うことが不安なので指定しておきたいという場合も多いので、指定していただいても問題無いかと思います。