相続に関すること

障害がある方の遺言作成について

先日、聴覚に障害がある方の公正証書遺言作成について関与をさせていただきましたので、今回は聴覚や視覚などの身体障害や精神障害がある方の遺言書の作成についてまとめてみたいと思います。

なお、一般的によく利用される自筆証書遺言と公正証書遺言についてであり、秘密証書遺言や危急時遺言などの例外的な方法については記載しておりません。
 


 
 

1 精神障害について

 

遺言書を作成する場合、その時点で遺言能力(意思能力)が必要となります(民法963条)。

遺言能力とは、端的に言えば「遺言の内容について理解できること」となり、形式的に15歳未満の方は遺言能力は無いとされており(民法961条)、精神障害や認知症等によってご理解いただくことが難しい場合も遺言能力は無いとされています。

もっとも、一律に障害があるからダメだというものではなく、あくまでご本人の状況次第となりますので、精神障害や認知症等の方であっても遺言の内容が理解できるようであれば遺言書の作成は可能です。
 

なお、成年被後見人の方については、遺言の内容を理解できる状況にあり、かつ、医師2名以上の立会いという条件があるものの、成年被後見人ということをもって遺言書の作成が否定されるものではありません民法973条)。また、被保佐人や被補助人の方については、作成できるのはもちろんのこと医師の立会い等も不要です(作成時において遺言能力があることは必要です。)。

ちなみに、私は数名の方の成年後見人に選任されておりますが、これまでに遺言書の作成をしたことはありません。 
 

2 身体障害の場合

 

身体障害がある方の場合においても、上記の遺言能力があることが当然の前提となります。
 

(1)自筆証書遺言

自筆証書遺言は、文字通り「自筆」で遺言書を書く必要がありますので少なくとも文字を書ける必要がありますが、それさえクリアできれば障害は問題となりません

視覚障害があっても自筆で書ければ大丈夫ですし、聴覚障害については一切問題にならないと思います。また、利き手が障害等によって文字を書くのが困難であったとしても、読める字であれば利き手ではない方で書いていただいて大丈夫です。
 

一方、手が震える等の理由により、いわゆる添え手で作成された場合は「自筆」とは言えない可能性があるため、無効になる恐れがあります。

この点についての裁判例として、最判昭62年10月8日があります。

→ 最高裁サイト

→ 判決全文(PDF)
 

上記判決においては、添え手においての自筆証書遺言が有効になるための要件として、3点を挙げています。

遺言者が証書作成時に自書能力を有していること。
他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであること。
添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できること。
つまり、文章の始めや終わりなどの部分に第三者が本人の手を移動させてあげることは問題ありませんが、文章を書く際に第三者の意思が介入した形跡が少しでもある場合は無効になってしまうことになります。
上記最高裁の事例においては、第三者が第三者が支えを借りただけではなく積極的に書いたものであるとして無効と判断しています。

 

「本件遺言書には、書き直した字、歪んだ字等が一部にみられるが、一部には草書風の達筆な字もみられ、便箋四枚に概ね整つた字で本文が二二行にわたつて整然と書かれており、前記のようなD(遺言者)の筆記能力を考慮すると、E(第三者)がD(遺言者)の手の震えを止めるため背後からD(遺言者)の手の甲を上から握つて支えをしただけでは、到底本件遺言書のような字を書くことはできず、D(遺言者)も手を動かしたにせよ、E(第三者)がD(遺言者)の声を聞きつつこれに従つて積極的に手を誘導し、E(第三者)の整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり、本件遺言書は前記②の要件を欠き無効である」

 

そして、遺言無効の訴訟が起こされた場合、有効だと主張する側が有効であることを立証しなければなりませんので、かなり大変だと思われます。
したがいまして、添え手での遺言書作成はかなりリスクが高いため、自筆証書遺言ではなく次の公正証書遺言を推奨いたします。

 
 

(2)公正証書遺言

公正証書遺言の場合、遺言者が自分の手で書くのではなく、公証人に対してどのような遺言を作成したいのかを伝えられれば良いということになりますので、基本的には遺言者が口頭で公証人に遺言の内容を伝え、公証人が遺言者に対して読み聞かせ、または閲覧させたうえで遺言者が承認したあとに、遺言者と証人が署名押印することで公正証書遺言は完成いたします(民法969条)。
私どもが関与させていただく際には、事前に遺言者の方からご希望を伺い、公証人と事前に打ち合わせをしたうえで、案文を作成してもらったうえで、遺言者の方に確認していただいてから公証役場を訪ねることになりますので、実際に公証役場において遺言者が口頭で公証人に全部を伝えるという事は少なく、確認のために大枠だけ伝えることが多いかと思います。

 

さて、上記のとおり遺言者が口頭で伝えるとなっておりますので、聴覚障害等により口頭で遺言の内容を伝えることができない場合があります。また、最後に署名押印が必要になっているので、身体傷害がある場合に署名ができない場合があります。

 

この点、前者の口頭の部分については、法改正により手話等にて通訳人に伝えてもらうこともできますし、遺言の内容を自書するという事も可能になっており、公証人の読み聞かせについても通訳を介することができるようになりました(民法969条の2)し、内容を閲覧してもらう方法でも大丈夫です。なお、推定相続人は立ち会えないので、推定相続人以外の方が通訳人になる必要があります。

 
 

また、後者の署名押印については、身体障害等の理由により署名ができない場合は、その旨を公証人が記載すれば遺言者の署名押印は不要となっております(民法969条4号ただし書)。

 
 

最初に記載したとおり、先日関与させていただいた公正証書遺言については聴覚障害の方であったため、遺言の趣旨を自書していただいて無事終えることができました。
一般的な公正証書遺言の場合は、遺言書の始まりは、「遺言の趣旨の口述を筆記し」となっています。

 
 

 

しかし、今回の場合は「遺言者は口がきけないため、その自書した遺言の趣旨を筆記し」となっています。

 
 

 

また、上記とは直接関係ありませんが、病院等で入院されていらっしゃる場合においても、公証人に病院等まで来ていただいて公正証書遺言を作成することは可能です。以前、足が不自由な方の遺言を作成するに当たり、公証人に遺言者のご自宅まできていただいたことがあります。
ただし、出張に関する日当がかかりますので、通常の公証人の手数料の1.5倍程度の費用がかかってしまいます。

 

このように、仮に障害をお持ちの方であっても遺言書を作成することは可能ですので、作成をお考えの方はお問い合わせいただければと思います。