相続放棄の落とし穴
当事務所では相続手続を数多く扱っている関係上、相続放棄についても対応させていただくことがあります。
良かれと思って相続放棄をしたことが逆に大変なことになったり、相続放棄をして安心して行った行為が原因で相続放棄がダメになる、相続放棄ができないということもありますので、相続放棄の落とし穴についてまとめたいと思います。
1 やってはいけないこと
(1)母親に相続させるために子どもが相続放棄
父と母との間に子どもが1名という3名家族の場合において、父が亡くなった場合は、母と子どもが共に相続人となります。
将来、母が亡くなったときの相続人は子どものみであるため、今回の父の相続では母にすべて相続してもらおうと子どもが相続放棄を考えることがあります。これを行うと大変なことになります。
相続放棄とは、単に財産を相続しないということにとどまらず、最初から相続人では無かったということになります。とすると、あくまで相続に限定したことにはなりますが「最初から子どもはいなかった」という扱いになりますので、母が単独で相続するのではなく、父の両親が新たに子に代わって相続人となり、もし父の両親が亡くなっている場合は父の兄弟、さらには甥や姪まで相続人になってしまいます。
子どもが相続放棄をせずに遺産分割をしておけばこのようなことにはならなかったのですが、相続放棄をしたことによって相続人が増えてしまうことになってしまいます。
(2)相続放棄後に形見分けの腕時計をもらう
上記のとおり、相続放棄をすると最初から相続人では無かったことになるため、基本的には何も相続することはできません。しかし、被相続人の写真や手紙など、一般的に財産的な価値がないと思われるものであれば、それを取得したとしても通常は相続放棄については問題ないと思われます。これはあくまで財産的価値がない場合の話であるため、例え形見分けのような形であっても、貴金属や腕時計など、一般的に価値があるようなものを取得してしまった場合は相続放棄の申述が受理されていたとしても、単純承認をしたものとされてしまう可能性が高いです。
(3)母が未成年である子の相続放棄を代理する
上記の場合において、親権者である母が未成年である子どもの相続放棄を代理して行うことはできません。というのは、子どもが相続放棄をすると母の相続分が増える(1/2→2/3または3/4)ことになりますので、利益相反の関係になるからです。逆に利益相反にならなければ代理することができますので、母がすでに相続放棄をしていたり、母と子どもの相続放棄を同時に行う場合は母が子どもを代理して相続放棄の手続を進めることは可能です。
2 やっても問題ないこと
(1)財産の調査
預貯金がいくら残っているか、負債がいくらあるかなどを金融機関や債権者に問い合わせること自体はまったく問題ありません。むしろ、調べてみないと相続した方が良いのか、相続放棄をした方が良いのか判断できません。
(2)被相続人の負債について相続人自身の財産から弁済をすること
上記の父の負債について、父の財産から支払ってしまっても必ずしも相続放棄ができないという訳ではありませんが、危うい行為かと思います。一方、母自身の財産から父の負債を支払うことはまったく問題ありませんので、相続放棄をする予定ではあるものの「この人だけには迷惑はかけられない」という方がいる場合は母自身の財産から支払っていただいても大丈夫です。
(3)死亡保険金や遺族年金の請求
これらはいずれも相続人のご自身の権利であり、被相続人の財産を相続したものでは無いためこれらを受領しても相続放棄は可能です。
(4)葬儀
被相続人の財産から、常識的な範囲内で葬儀を行うことは問題ありません。
平成14年7月3日大阪高裁決定によれば、「被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果と言わざるをえないものである。したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法廷単純承認たる「相続財産の処分」(民921条1号)には当たらないというべきである。」と判示しております。
ただし、あくまで常識的な範囲内となりますので、あまりにも豪華な葬儀をしてしまうと結論が異なる可能性もあります。
3 まとめ
相続放棄の手続は一見すると簡単そうに見えます。自身が相続人であることを知ってから3か月以内に、配偶者や子どもが相続放棄をする場合は多くの戸籍謄本を集める必要もありませんし、裁判所からの照会があったときに回答すれば問題なく受理されます。しかし、相続放棄の本当の怖さは相続放棄の手続それ自体ではなく、相続放棄の前後に本当は行ってはいけないことをしてしまって、あとから相続放棄が無効になってしまうことです。
特に何もされていないようであれば比較的難しい手続では無いためご自身でも可能かと思いますが、ご心配な場合はぜひ専門家にご相談いただければと思います。