印鑑証明書と署名証明書(サイン証明書)
不動産を所有されている方がお亡くなりになった場合,その不動産は原則として相続人のものになります(例外は遺贈や相続人がいない場合など)。
ただ,相続人が複数名いる場合は相続人全員の共有になってしまうため,相続人全員で遺産分割協議を行い,どなたかの単有にするケースが多いと思われます。
この遺産分割協議にて何らかの協議がまとまった場合,法律上,遺産分割協議書に印鑑を押す義務はありませんし,仮に押印したとしても実印である必要はありません。それどころか,遺産分割協議を作成する義務すらありません。例えばお亡くなりになった方が所有していた宝石をどなたが単独で相続する,という場合,別に遺産分割協議書を作成しなくても構いませんし,仮に作成しても押印する義務はありません。
ところが,「遺産分割協議を行い,不動産をどなたかの名義に変える」という場合,不動産登記令19条及び不動産登記規則50条の規定により,遺産分割協議書に実印を押印し,印鑑証明書が必要となります。
ですので,不動産が絡む場合には,相続人の方の印鑑証明書が必要となります。
ところで,この「印鑑」という制度があるのは,おそらく日本と中国だけです(韓国にもまだありますが,廃止されることが決まったようです)。
ですので,相続人の方が外国の方で印鑑をもっていない方や日本人でも海外に在住されている方は,印鑑証明書を取得することができません。その場合,遺産分割協議書にご署名いただき,そのご署名が相続人本人が署名したものであることを領事館等で証明していただき,それを印鑑証明書に代えることとされています。
また話は変わり,裁判の世界においては,手続に印鑑証明書が必要なケースというのは極めて少ないと思われます。私がパッと思いつくのは,受諾和解(民事訴訟法264条)における受諾書に押印した印鑑に関する印鑑証明書くらいです。
登記よりも訴訟の方が手続としては重たそうな感じがしますが,実は,手続的には緩やかだったりするんですよね。例えば,私が代理人として法廷に行っても,私が司法書士本人であることの確認をされたことは一度もありません。なので,他人のフリをして裁判を遂行して判決を詐取するという事件を過去にはあったそうです。
ちょっと話を戻して,相続の場合に,海外在住の方が遺産はいらないという場合でも上記の通り,海外在住の方の署名証明書が必要となりますが,遺産を相続しない方法として,上記の遺産分割の他に,相続放棄をするという選択肢もあります。
この相続放棄は,自身が相続人であることを知った日(一般的には,被相続人が亡くなったことを知った日)から3か月以内に家庭裁判所に対して相続放棄の申述をすることにより,当初から相続人では無かったものとして扱われることになります。ですので,遺産をいらないという場合は,遺産分割ではなく相続放棄をすることもできます。
そして,この相続放棄は裁判所の手続であるため,署名証明書が必要ありません(ただし,印鑑を押していないと署名証明書を要求されることがありますので,親族の方に依頼して認印を押印しておいた方が良いと思います)。
ですので,相続人の方が「遺産はいらないけど,事情により領事館に署名証明書をとりに行けない」というような場合には,遺産分割ではなく相続放棄という選択肢もあります。アメリカのような大きな国であれば,大使館・総領事館は10以上ありますが,あまり大きくない国だと1つしか無いということもあり,なかなか署名証明書を取りに行けないということは多いようです。
なお,相続放棄にも当然注意点があります。
1つ目は,上記のとおり3ヶ月という時間制限があります。
2つ目は,すでに他の遺産を相続してしまっている場合には,相続放棄をすることはできません。
3つ目は,遺産分割協議は相続人全員が合意すればやり直すことができますが,相続放棄は原則として取消などはできません。
そして,最後に,相続放棄はお金がかかります。仮にご自身で行った場合,遺産分割協議であれば費用はゼロ円ですが,相続放棄の申述の際に家裁に数千円程度の費用を支払う必要があります。また,仮に弁護士や司法書士に依頼した場合,一般的には遺産分割協議書の作成費用と相続放棄申述書の作成費用を比べると,相続放棄の方が高いと思います。ちなみに,当事務所の場合,遺産分割協議書の作成費用は0円ですが,相続放棄の場合は3万1500円をいただいております。
なかなか相続人が海外在住というケースは多くないと思いますが,このような方法があることを知っておくのも良いかと思います。