遙か昔の抵当権が残っている場合
住宅ローンを完済された場合,抵当権の抹消登記を申請することになります。このような一般的な抵当権抹消登記の場合は,当事務所では1件5000円(税別)+実費で手続を進めさせていただいております。
ところが,このような一般的な抵当権抹消ではなく,ちょっと特殊な抵当権抹消があります。それが,いわゆる「休眠抵当権」や「休眠担保権」と呼ばれるもので,明治時代や大正時代に設定された登記が抹消されないまま現在も残っている抵当権を抹消する場合です。
抵当権抹消登記に際して,「抵当権が消滅した旨の書面」(抵当権解除証書等)及び抵当権設定時の登記済証が必要となり,司法書士に登記を依頼する場合は委任状も必要になります。
休眠抵当権の場合,明治や大正に設定されているため,抵当権者が個人である場合,かなり高い確率で亡くなっていると思われます。したがって,本来であれば上記の書類を抵当権者の相続人の方からいただだくこととなりますが,その抵当権者が親族等であれば相続人がどなたかを調べることもできるものの,まったくの他人だった場合は相続人がどなたなのかを調べることもできませんので書類をいただくことができません。
このような場合に,不動産の所有者が単独で抹消できる特例が定められており,特例の条件に当てはまれば比較的容易に抹消登記が可能です(不動産登記法70条3項)。また,この特例には2つのパターンが規定されており,完済した証明書(領収書等)があるか無いかで次の通り変わってきます。
<完済した証明書が無い場合(70条3項後段)>
①抵当権者が行方不明であること
②弁済期から20年以上経過していること
③登記された金額及び利息・損害金の全額を供託すること
の3つをすべて満たすことが必要です。
①について
抵当権者の所在を所有者の方が知らないというだけでは足りず,不在籍不在住証明書を取得したり,書類を郵送したけど返送されてきた封筒など,一定程度の調査はしたけど所在がわからなかったという証拠を提出しなければなりません。
②について
弁済期から20年以上経過していることは,弁済期が登記されていれば容易に判断できます。また,弁済期が登記されていない場合は債権成立の日を弁済期としたり,借用書や申述書を提出して弁済期を判定してもらうこととなります。
③について
登記簿に記載された金額のみならず,今日に至るまでの何十年分もの利息や損害金の全額を支払わなければなりません。ただ,明治や大正に設定された抵当権は10円とか100円とか微々たる金額です。今の貨幣価値に換算すれば何万倍の差がありますが,休眠抵当の抹消に関してはそのままの金額で計算することになります。
ちなみに,上記の抵当権は明治23年に約36円を借り入れておりますが,利息を計算すると完済するためには500円程度が必要になります。当時の貨幣価値は,学校の先生の初任給が10円程度とのことですので,約36円は現在だと70万円程度,500円は1000万円程度の価値になると思います。
また,上記の約500円については抵当権者に支払わなければなりませんが,支払いたくても行方不明の場合は支払うことが出来ないので法務局に供託することで,相手に支払ったこととなります。供託手続は相手方の住所を管轄する法務局にしなければなりませんので,遠方だとちょっと大変ですね。
<完済した証明書がある場合(70条3項前段)>
①抵当権者が行方不明であること
②債権証書(契約書等)及び弁済証書(領収書等)があること
が必要です。
①については,上記と同じです。
②については,契約書と領収書があれば完済している可能性が極めて高いため,求められるものです。しかしながら,実際にこのような書類が残っていることはほぼ皆無だと思われます。
したがって,前段の手続が使われることはほとんどなく,後段の手続によって進めていくことになります。
<かかる時間と費用>
後段の手続で進める場合およそ次のような流れになります。
①抵当権者の調査
役所で調査できる分の書類の調査を行います。場合によっては現地に行かなければならないこともあります。
↓2~3週間程度
②受領催告
抵当権者に対して全額支払う旨の通知を行います。
↓1週間程度
③供託
相手方の住所地を管轄する法務局に元金・利息・損害金の全額を供託をします。
↓3日程度
④登記申請
供託が完了した場合,供託書が発行されます。こちらを「抵当権を消滅した旨の書面」として申請をすることになります。
↓1週間から10日程度
⑤登記完了
以上から,抵当権抹消登記申請に至るまでに約3週間,抵当権抹消登記申請の完了に1週間程度かかりますので,トータルすると1か月前後で休眠抵当権の抹消ができることとなります。
費用についてはおよそ10万円程度になり,内訳は下記の通りです。
抵当権者の調査及び受領催告書の送付→5万円
供託申請→3万円
抵当権抹消登記→1万円
その他実費→1万円程度(抵当権抹消登記の登録免許税や供託金,受領催告書の内容証明郵便代等)
<休眠抵当権の特例が使えない場合>
上記の休眠抵当権の特例を使うための前提として,抵当権者の行方不明及び弁済期から20年経過していることが必要でしたので下記のように
①抵当権者(またはその相続人)が行方不明ではない場合
②弁済期から20年経過していない場合
には法律上,特例を使うことができません。
また,弁済期までの利息や遅延損害金の全額を支払わなければなりませんので,
③債権額が高額の場合
には,法律上は特例は使えますが,現実的には特例は使えませんし,例え抵当権でも金銭として供託できなければなりませんので,
④債権が金銭の支払いではなく物の引き渡しを担保する抵当権の場合
には,お金で支払うことができませんので特例を使うことはできません。なかなか見ることはありませんが,一度だけ「玄米の引き渡し」の抵当権を見たことがあります。
そして,休眠担保権の特例であるため,担保権ではないような,
⑤賃借権,地上権などの登記を抹消する場合
にも特例が使えないことになります。
上記のように特例が使えない場合,相続人を探し出して抵当権抹消登記を求める裁判をしなければならないことになります・・・。
以上,休眠担保権についてでした。