相続に関すること

生物学的な親と法律上の親

昨日のニュースでも大きく取り上げられていましたのでご存知の方も多いと思いますが,生物学的な親と法律上の親についての最高裁判決がありました。 
 

ニュース記事 

 

問題になった事案

 

昨日のニュースになったのは,ざっくり言うと下記のような事案でした。 

①夫A,妻Bの間に娘Cが誕生するが,Bから「娘は夫ではない別の男性Dの子どもである」と告げられる。

②Aはそれでも構わないとして,自分の子どもであるとして出生届を提出。

③出生から1年3か月後,ABは離婚し,BはCを連れてDと3人で暮らし始める。

④その後,B側がACの間には親子関係が無いとして訴える。
 

というものです。
 
 

まず,1審と2審では,DNA鑑定の結果,AC間に生物学的な親子関係は無い(むしろ,ほぼ100%の確率でCはDの子である)のだから,親子関係は無いとしてB側勝訴の判決が出ました。
 

これについての最高裁判決がこちらです。
 

最高裁サイト

判決全文(PDF) 
 

親子関係についての民法の規定

 

そもそも,親子関係について,法律ではどうなっているのでしょうか。
 

この点,民法772条2項に,「婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」と規定されており,結婚して200日経過後に子どもが生まれた場合,その子は結婚してから妊娠した子どもだと推定されます。

そして,民法772条1項に,「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」と規定されており,結婚してから妊娠した子どもは夫の子と推定されます。

これを繋げると,結婚して200日経過後に子どもが生まれた場合,その子どもは夫の子どもと推定する,ということになります。

上記事例では,結婚して200経過後に子どもが生まれているようですので,生物学的なことに関係なく夫の子どもということになります。 
 

親子関係を否定するための2つの方法

 
 

親子関係を争う場合,2つの方法があります。
 

(1)嫡出否認の訴え
 

上記の通り,結婚して200日経過後に子どもが生まれた場合,その子どもは夫の子どもと推定されるわけですが,まさに上記事例のように,生まれてきた子どもが実の子でない場合,夫は「嫡出否認の訴え」を提起し,親子関係を否定することができます(民法775条)。ただし,嫡出否認の訴えには期間制限があり,夫が子どもが生まれたことを知ったときから1年以内です(民法777条)。これは他の訴えと比べるとかなり短いのですが,その理由は早期に親子関係を確定させて,子どもの扶養義務者を確定するためと言われています。したがって,1年経過後に嫡出否認の訴えを提起しても却下されます。なお,この嫡出否認の訴えは,夫しかできません
 
 
(2)親子関係不存在確認の訴え
 

上記推定を受けない場合は,嫡出否認の訴えによることなく,親子関係不存在確認の訴えを提起して親子関係を否定することができます(ただし,調停前置。)。
 

親子関係不存在確認の訴えは,嫡出否認の訴えと異なり訴えるのは夫に限らず妻でも子どもでも可能ですし,期間制限もありません。ただし,上記推定を受ける場合は,親子確認不存在確認の訴えを提起することはできず,嫡出否認の訴えによらなければなりません。
 

ですので,親子関係不存在確認の訴えが可能なのは,①772条の推定を受けない場合(結婚して200日よりも前に生まれた場合など)には嫡出否認の訴えではなく親子関係不存在確認の訴えを提起することができますし,また,過去の判例で,②形式的に772条の推定を受ける場合でも夫の子どもではあり得ないような客観的な事情がある場合には親子関係不存在確認の訴えが提起できることになっています。例えば,夫が刑務所で長期間服役しているのにその間に妻が出産していた場合などです。 
 
 

上記最高裁判例について

 

 
上記の判例の事案は,Cが出生してからすでに1年以上経過していますので,嫡出否認の訴えを提起することはできません(そもそも,嫡出否認の訴えはAしかできませんので,B側から提起することはいずれにしても不可能です。)。
 
 

したがって,親子関係を争うためには親子関係不存在確認の訴えを提起しなければならないのですが,結婚してから200日経過後にCが出生しているため,上記②の「772条の推定を受ける場合でも夫の子どもではあり得ないような客観的な事情がある場合」でなければ親子関係不存在確認の訴え提起することはできません。
 

この点,最高裁は,
 

夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。 (中略)既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である。しかしながら,本件においては,甲が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず,他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。
 

としています。
 
 

つまり,DNA鑑定により明らかに実の子では無かったとしても,子どもの父親を早期に確定させなければならないことに変わりはなく,また,長期間刑務所に入っていたというような客観的に772条の推定が及ばないような状況にもないから,親子関係不存在確認の訴えを提起することができない,というものです。

端的に言えば,このAとCが実の親子か否かについて判断をしたものではなく,日本の法律上AとCが親子関係を争う手段は存在しない(親子関係不存在確認の訴えはできない)からどうしようもない,ということになります。 
 
 

さらに2つの事案

 
 

実は,同じような事案が他に2つあり,内容的には同じ判決が出されています。 

<その1>

最高裁サイト

判決全文(PDF)
 

<その2>

最高裁サイト

判決全文(PDF) 
 
 

結局は法律で解決するしかない

 
 

上記結論について,おかしいと思われる人も多いと思います。実際に上記最高裁判決も賛成3,反対2という僅差での判決となっています。
 

また,事情として逆にパターンもあります。
 

つまり,上記最高裁判決は,夫婦が離婚した後に妻側が夫を訴えるケースです。しかし,長年実の子ともではないことを隠して子どもを育てていたが,後になって夫は育てていた子どもが実の子どもではないということを知り,夫の方から親子関係を否定したいという場合もあるでしょう。このようなケースについても,いくらDNA鑑定で親子関係が無いと認められたところで法律上の親子関係を覆すことはできませんので困る男性も世間にはたくさんいらっしゃることでしょう。
 

しかしながら,本当にこれで良いのかという疑問はやっぱり残ります。
 

例えば当初は不倫関係だったとしても,現在は実の両親と実の子どもが生活しているのに,法律上は実の親ではないことになっており,不自然な感じは拭えません。
 

また,女性の場合,法律上は分娩の事実によって母親となるため,卵子を第三者(女性)のお腹に移し,出生した場合の法律上の母親は卵子提供者ではなく分娩した第三者となります。この場合,生物学的には卵子提供者が母親ですので,法律上の母親と生物学的な母親に不一致が生じますよね。
 

科学の発展により,現状に法律が追いついておらず,また,最高裁の裁判官も上記判決の中で「解釈でどうにかするのはもう無理!あとは国会で解決して!」と言っています。
 

あとは,国会議員に頑張ってもらうしかありません。 
 
 

最後に

 
 

上記判決で,夫であるAさんが勝訴したわけですが,結論としてどうなるのでしょうか。
 

まず,AとBの間で協議離婚が成立し,Cの親権者はBと定められていますので,勝訴したからといってAはCと一緒に暮らせるようになるわけではありません。もちろん,親権者(監護権者)変更の調停などがありますので,それが認められるような事情があれば一緒に暮らせるようになるかもしれませんが,今のところBCDで円満に暮らせているようですので,調停をしても一緒に暮らせるようにはならないと思います。
 

また,扶養義務が残ったままですので,原則としてAはCが成人するまでの養育費を支払う義務があります。もっとも,CはすでにDと暮らしているので現実的には支払いを強制されることは無いと思います。
 

そして,Aが亡くなった場合,現在のAさんの事情はわかりませんが仮に再婚していない場合はAさんのすべての財産はCが相続することになります。Aさんはそれを望んでいるんだろうと思いますが,Cの年齢を考慮すれば実際にCがAの遺産を管理することは不可能だと思いますので,事実上,BとDがAの財産を管理することになります。別れた妻とその不倫相手が自分の遺産を相続するということが本当に希望したことなのでしょうか・・・。
 

仮に,後日Aが再婚し新たな子どもが生まれた後に亡くなった場合でも,再婚した妻と新たな子ども,そしてCが相続人となりますので絶対に揉めますよね。
 

最高裁まで争ってAはCとの親子関係を維持したわけですが,私にはどうにも悲しい結果になりそうな気がしてなりません。