遥か昔に登記された抵当権抹消登記
(休眠抵当権)
金融機関などの住宅ローンについて完済された場合、ご自宅などに登記された抵当権抹消登記の申請を行う必要があります。
このような一般的な住宅ローンの抵当権抹消登記については、当事務所では1件5000円(税別)+実費で手続を進めさせていただいております。
ところが、完済しているにもかかわらず抹消されないまま何十年も放置された抵当権がたくさん存在します。このような抵当権は「休眠抵当権」や「休眠担保権」と呼ばれており、通常の方法では抹消できないことが多いため、特別な手続を使って抹消登記を行うことになります。
抵当権を抹消するのためには、抵当権者から「抵当権が消滅した旨の書面」(抵当権解除証書等)及び抵当権設定時の登記済証を交付していただくことが必要となります。
休眠抵当権を抹消する場合も本来は同じ書類が必要となりますが、何十年も前に登記されている抵当権だと,抵当権者が当時の書類を紛失していて書類を交付してもらうことができないことがあります。また、抵当権者が個人であれば亡くなっていたり、会社であれば倒産や合併などで存在せず、抵当権者と連絡自体が取れないことがあります。それでも、抵当権者が個人であればその相続人に、会社であれば承継した会社に書類を交付していただければ良いのですが、相続人や承継した会社の行方がわからなければ書類を交付してもらうことができません。
このような場合に、不動産の所有者が抵当権者の協力を得ずに単独で抹消できる特例が定められており、特例の条件に当てはまれば比較的容易に抵当権を抹消することが可能です(不動産登記法70条)。
抹消登記手続選択のフローチャート
- 抵当権者の行方はわかりますか?
- 抵当権者と連絡を取って
書類を発行してもらう
ことができますか? - 借入について完済されていますか?
- 当時の契約書や
領収証はありますか?- 除権決定による
抵当権抹消登記
完済した証明書が
ある場合
完済した証明書が
ない場合
のいずれかから
選択することができます。 - 除権決定による
抵当権抹消登記
完済した証明書が
ない場合
のいずれかから
選択することができます。 - 完済した証明書が
ない場合
となります
- 除権決定による
- 完済した証明書等が
ない場合
となります
- 当時の契約書や
- 抵当権者と連絡を取って
通常の抵当権抹消
①抵当権者の相続人全員(または承継会社)と連絡が取ることができる
通常の抵当権抹消登記については、抵当権者の相続人全員の意思確認が必要となりますので、全員と連絡を取ることができることが必要となります。
②抵当権者の相続人全員(または承継会社)が手続にご協力いただける
抵当権抹消登記手続においては、相続人の方から書類を発行していただき、書類にご捺印いただく必要があります。したがって、相続人うち1人でも連絡が取れない方や手続にご協力いただけない方がいらっしゃる場合はこの方法だけで進めることはできず、他の手続を選択したり、他の手続と組み合わせて抹消することとなります。
通常の抵当権抹消登記の流れ
抵当権者の相続人全員と連絡が取れる場合,およそ次のような流れとなります。
以上から、手続開始から終了まで3か月程度の期間が必要になります。
除権決定による抹消(不動産登記法70条1項・2項)
①抵当権者が行方不明である
抵当権者の所在を所有者の方が知らないというだけでは足りず、不在籍不在住証明書を取得したり、書類を郵送したけど返送されてきた封筒など、一定程度の調査はしたけど所在がわからなかったという証拠を提出しなければなりません。
②権利が消滅していることを証明する書類があること
権利が消滅していることを証明する書類があること抵当権であれば領収証や消滅時効の援用通知書(配達証明書付)などになります。この手続は、次の「完済した証明書がある場合」の手続と異なり、権利が無くなっていることがわかれば良いため、契約書などは無くても構いません。また、抵当権に限らず、賃借権や地上権にも用いることが可能です。
除権決定による抵当権抹消登記の流れ
以上から、手続開始から終了まで半年程度の期間が必要になります。
完済した証明書等がある場合の特例(不動産登記法第70条3項前段)
①抵当権者が行方不明であること
抵当権者の所在を所有者の方が知らないというだけでは足りず、不在籍不在住証明書を取得したり、書類を郵送したけど返送されてきた封筒など、一定程度の調査はしたけど所在がわからなかったという証拠を提出しなければなりません。
②債権証書(契約書等)及び弁済証書(領収書等)があること
契約書と領収書があれば完済している可能性が極めて高いため、求められるものです。しかしながら、実際にこのような書類が残っていることはほぼ皆無だと思われます。
したがって、前段の手続が使われることはほとんどなく、後段の手続によって進めていくことになります。
完済した証明書等がある場合の手続の流れ
以上から、手続開始から終了まで1か月程度の期間が必要になります。
完済した証明書等がない場合の特例(不動産登記法第70条3項後段)
①抵当権者が行方不明であること
抵当権者の所在を所有者の方が知らないというだけでは足りず、不在籍不在住証明書を取得したり、書類を郵送したけど返送されてきた封筒など、一定程度の調査はしたけど所在がわからなかったという証拠を提出しなければなりません。
②弁済期から20年以上経過していること
弁済期から20年以上経過しているかどうかは過去の登記簿を調査することでわかる場合があります。もし、調査しても弁済期がわからない場合は、契約の日(債権成立の日)を弁済期としたり、借用書や申述書を法務局に提出して弁済期を判定してもらうこととなります。
③登記された金額及び利息・損害金の全額を供託すること
登記簿に記載された金額だけでなく、現在に至るまでの何十年分もの利息や損害金の全額を支払わなければなりません。明治や大正に設定された休眠抵当権の多くは数円から数百円程度と大きな金額ではなく、休眠抵当権の抹消に関しては明治や大正時代の貨幣価値を考慮する必要はありませんので、そのままの金額で計算すれば良いことになっています。
ちなみに、上記の抵当権は明治23年に約36円を借り入れておりますが、利息を計算すると完済するためには500円程度が必要になります。当時の貨幣価値は、学校の先生の初任給が10円程度とのことですので、約36円は現在だと70万円程度、500円は1000万円程度の価値になると思いますが、そのまま500円程度を支払えば良いことになります。
なお、上記の約500円については、本来であれば抵当権者に直接支払わなければなりませんが、行方不明の場合は支払うことができないので、法務局に供託することで抵当権者に支払ったこととなります。
完済した証明書等がない場合の手続の流れ
以上から手続開始から終了まで1か月から2か月程度の期間が必要になります。
抵当権者が解散した法人であり、清算人と連絡が取れない場合(不動産登記法第70条の2)
①抵当権者が法人であり、当該法人が解散して30年以上経過していること
抵当権者が法人であり、かつ解散している場合は清算人が選任されていますが、解散して30年以上経過していると清算人が亡くなっていることがあるため登記の抹消がしやすくなります。
②当該法人の清算人の行方が分からないこと
清算人と連絡が取れるようであれば通常の抵当権抹消登記で進められるため、清算人が行方が分からないことが必要です。
行方が分からないことの証明として、当該清算人宛の郵便が宛所尋ね当たらずで返送されてきた手紙や清算人が死亡した事実が分かる戸籍謄本などを基に調査報告書を作成して提出します。
③弁済期から30年以上経過していること
弁済期から30年以上経過していると、仮に完済していなかったとしても時効により消滅している可能性が高いことから30年になっていると思われます。
なお、弁済期は閉鎖登記簿を調査することで確認できる場合がありますが、弁済期が登記されていない場合は債権成立の日となり、それも分からない場合は抵当権設定日となります。
解散法人が抵当権者である場合の手続の流れ
以上から手続開始から終了まで1~2か月程度の期間が必要になります。
休眠抵当権の特例が使えない場合
以上3つの手続のうち、一番使われている手続が「完済した証明書等がない場合の特例」になります。こちらの手続は法律上使えても事実上使えない場合がありますので、ご確認ください。まず、法律上の要件として、債権者が行方不明であり、かつ弁済期から20年以上経過していることが必要ですので、
- ①抵当権者(またはその相続人)が行方不明ではない場合
- ②弁済期から20年経過していない場合
には使うことができません。
また、弁済期から現在までの利息や遅延損害金の全額を支払わなければなりませんので
- ③債権額が高額の場合
には事実上使うことができません。さらに、供託は金銭で行う必要がありますので、
- ④債権が金銭の支払いではなく物の引き渡しを担保する抵当権の場合
にも使うことができません。あまり見かけることはありませんが、過去に玄米の引渡しを担保する抵当権を見たことはあります。そして、この特例は担保権の抹消登記であるため、
- ⑤賃借権、地上権などの登記を抹消する場合
にも使うことができません。
ただし、賃借権等は権利が消滅していることを証する書面があれば【除権決定による抵当権抹消登記】と同じ手続きで抹消することができます。
以上のいずれにも該当しない場合は、最終手段として【裁判による抵当権抹消登記】をご検討いただくことになります。