令和元年7月1日からの相続法改正の施行について(遺産分割に関するもの)
平成30年に民法の中に規定されている相続に関する部分について大きな改正がなされました。
ただ,すぐにその法律どおりに運用されるのではなく,一定の周知期間を経て施行(改正法の効力が生じる)ことになっています。
その第一弾として,自筆証書遺言の作成に際して,一部についてはパソコン等で作成しても良いという改正が施行されました。
→ 自筆証書遺言の方式の緩和
実際のところ,当事務所が関与させていただく場合はそもそも自筆証書遺言ではなく公正証書遺言をお勧めしておりますので改正法の影響はあまりないのですが,ご自身で作成される場合には重要な改正になるかと思います。
そして,来月(令和元年7月1日)より第二弾の施行がありますので,今回はこちらについてまとめてみたいと思いますが数が多いので3回に分けて記載いたします。
まずは,遺産分割に関するものについてです。
1 遺産分割前の預金の払い戻し
従前は,「預金は法定相続分に応じて当然に各相続人が相続する」とされていましたが,平成28年12月に最高裁判決がそれまでの考え方を改めて,各相続人の共有財産になることとしました。
当該判決までは,拒否するところが多少あったものの多くの金融機関では各相続人の法定相続分に応じた金額のみの払い戻しは認めてくれていましたが,上記最高裁判決からは原則として遺産分割協議前の払い戻しはできないこととなりました。
これにより,預金口座の名義人が亡くなった場合(正確には亡くなったことを金融機関が知った場合),金融機関は口座名義人の預金口座を凍結してしまうため,相続人が出入金をすることができなくなり,当該口座名義人の収入で生活されていた場合の生活の支払いや入院費用・葬儀費用の支払いなど,近々の支払いに苦慮される方もいらっしゃいます。
そこで,全額ではありませんが,一部に限り遺産分割前の払い戻しを認める制度ができました。
(1)預貯金額の3分の1につき,自己の法定相続分を乗じた金額
例えば,A銀行に300万円の預金があり,法定相続分が2分の1だった場合は,300万円×1/3×1/2となり,50万円の払い戻しができることになります。
(2)各金融機関ごとに考える
例えば,A銀行に300万円の,B銀行に600万円の預金がある場合,上記のとおり計算すると,全体としては900万円×1/3×1/2で150万円となりますが,A銀行の口座から150万円の払い戻しを受けることはできず,A銀行から50万円,B銀行から100万円を払戻すことになります。
(3)各金融機関の上限は150万円
例えば,A銀行に300万円,B銀行に600万円,C銀行に1200万円の預金がある場合,A銀行とB銀行は上記のとおりですが,C銀行については1200万円×1/3×1/2で200万円になるのではなく150万円まで払い戻しができることになります。
(4)この手続きでは足りない場合
上記金額以上の払い戻しが必要な場合,原則としては遺産分割協議がまとまってからとなりますが,それでは対応できない場合は,仮分割の仮処分(家事手続法第200条2項)を裁判所に申し立てて進めていくことになります。もっとも,この手続きは急迫の危険を防止するためというかなり厳しい条件が付いていますので,なかなか認められるのは難しいと思います。
(5)必要書類等について
こちらの手続を使うためには,①口座名義人が亡くなっていること,②自己の法定相続分を証明することの2点を証明する必要がありますので,口座名義人の出生から死亡までの戸籍謄本等や相続人の内容が分かる戸籍謄本等をご準備いただくことになります。この点,上記の内容が分かれば良いので,法定相続情報証明でも大丈夫だと思います。
また,金融機関次第ではありますが,払い戻しの手続を行う方の印鑑証明書も必要になると思います(他の相続人の印鑑証明書は不要です。)。
2 夫婦間の居住用不動産の贈与等について
婚姻期間が20年以上の夫婦間においては,居住用不動産またはその取得費用について贈与したとしても,2000万円までは贈与税が非課税になる特例があります。
→ 国税庁サイト
確かに,贈与税は非課税になるのでメリットは大きいのですが,この贈与は「遺産の先渡し」と考えられており,遺産分割のときには特別受益として被相続人の財産に加算する結果,配偶者の取得分がその分減ることになっています(いわゆる持ち戻し計算)。
今回の改正で,上記の居住用財産に関する贈与に限り,特別受益とは考えずに,残った遺産だけを分割すれば良いため,配偶者の取得分が結果として増えることになります。
具体的に金額を記載すると以下のとおりです。
①夫A,妻B,子CとDがいたとします。Aは生前Bに対して居住用不動産(2000万円相当)を贈与しました。
②Aが死亡したときの遺産は預貯金6000万円のみだったとします。
③改正前は,居住用不動産の2000万円を持ち戻すため,Aの遺産は8000万円となり,法定相続分どおり分割したとすると,Bはすでに受領済みの不動産2000万円と預貯金2000万円を相続し,CとDは各2000万円ずつ取得することになります。
④改正後は,不動産は関係なくなりますので,単に6000万円を分割すればよいことから,Bは3000万円,CとDが1500万円ずつ相続することになりますので,Bの取り分は多くなることになります。
この改正のポイントは以下のとおりです。
(1)居住用不動産であること
贈与税の非課税は,居住用不動産取得のための現金でも非課税となりますが,この規定については居住用不動産のみです。
(2)贈与の時点で居住すること
居住用不動産の贈与であることから,贈与のときに居住しているか,近い将来居住する予定であることが必要です。
(3)贈与ではなく遺贈でもOK
上記はすべて贈与と記載しておりますが,遺贈でも大丈夫です。
(4)適用させないことも可能
被相続人が遺言等で上記規定を排除することが可能です。
3 遺産が勝手に処分された場合の処理
相続人のうちの誰かが遺産を勝手に使いこんでしまった場合,遺産分割手続ではなく通常の訴訟で先に確定させる必要がありました。加えて,勝手に使われたことの立証は難しく,「やられ損」ということが多々ありました。
今回の改正で使い込んだ人の同意等の必要はなく,使い込んだ分も遺産に含んだうえで遺産分割協議を行うことができるようになりました(使い込んだ人はその分,取得額が減ることになります。)。
ということで,遺産協議に関する改正だけでもかなり大きい改正となり,特に預金に関する改正はほとんどすべての方に影響がある改正になるかと思います。
次回は遺言に関する改正です。